なべよこ観察隊|鍋横物語 見たい 聞きたい 記録したい|東京都中野区

なべよこ観察隊は、鍋横地域協議会の課題別部会である地域センター部会の中の専門部として活動しています。メンバーの多くは青少年の育成活動、町会、PTAなどの地域活動を通して、この活動に興味をもった人たちです。日常の生活の中で、目についた地域の様子、興味を感じたまちの様子をそれぞれ出し合い、実際にまちを歩いて観察しました。

第3章【2】(6)鍋横市場とせんべい屋さん 語り部:百瀬徳蔵(大正14年生)

語り部:百瀬徳蔵(大正14年生)

語り部:百瀬徳蔵(大正14年生)

 鍋横市場は現在の鍋横交差点先の「しおのビル」と、その横の駐車場(本町4-1)のところに、昭和40年代までありました。この辺りは戦災を免れたので、戦前からある古い建物でしたね。

 ひとつの大きな建物の中に、八百屋、肉屋、魚屋、佃煮屋、荒物屋、乾物屋など12軒の店が入っていて2階にそれぞれの家族が住んでいました。

 私はその隣で、昭和24年から平成2年まで手焼きせんべい屋を営んでいました。手焼きと言っても、網の上で1枚1枚焼くのではなく、網と網の間にはさんで釜で焼くんです。燃料には備長炭を使ってました。

鍋横市場とせんべい屋さん

鍋横市場とせんべい屋さん

 うちも商売していて忙しかったし、この地域に、まだスーパーマーケットなどない時代だったので、鍋横市場は毎日のように利用していました。日常の買い物のほとんどがここで間に合って、とても助かりました。

 昭和37年頃まで、鍋横市場の中に井戸があって近所の人がよく水を汲みにきていました。当時は水道が引かれてなかったので、市場の井戸をみんなで使っていましたよ。