なべよこ観察隊|鍋横物語 見たい 聞きたい 記録したい|東京都中野区

なべよこ観察隊は、鍋横地域協議会の課題別部会である地域センター部会の中の専門部として活動しています。メンバーの多くは青少年の育成活動、町会、PTAなどの地域活動を通して、この活動に興味をもった人たちです。日常の生活の中で、目についた地域の様子、興味を感じたまちの様子をそれぞれ出し合い、実際にまちを歩いて観察しました。

第1章【3】神田川の想い出

第1章【3】(4)富士高校の辺りは雑木林だった 田口ぎん・談

神田川は和田堀のところを迂回していて、今より川の幅は広かったわね。今の地下鉄の車庫の辺りは、ヘビの抜け殻がいっぱいあったわ。 小学生の時、春写生するので画板さげて、ここに来ると家なんてなくて。ただ、今の本郷保育園の上の辺りに奥田教授っていう…

第1章【3】(3)まちに生きている川 安藤幸好・青水吉右工門・談

昭和26年に完成した木の栄橋 昔の神田川の様子が偲ばれます きれいな水には、たなごや鮒のほか、うなぎ、なまずなど、今では想像できないような魚が棲んでいました。また、きれいな川の水を利用した染色業が盛んでした。染めた布に残る余分な染料を落とす…

第1章【3】(2)川の深さは・・・小林保雄・談

川の深さは、背の立たないところもあったけれど、平均したら1m位の深さでしたね。それぐらいの深さでしたから子どもたちが遊ぶにはもってこいでしたよ。 大正の末頃まで田んぼに蛍が沢山いて、十貫坂下にかけても沢山いましたね.

第1章【3】(1)夏は蛍・・・唐沢政次郎・談

今の子は何でもあるけれど、その頃は何もありゃしませんよ。だから、野生の物を採って食べるんです。神田川沿いにグミ採りとか。渋くて口の中が真っ赤になるんで川の水で口を洗ったりしましたよ。 トーナスのうらなりを茄でて食べるとかね。 それから瓜を生…

第1章【3】(扉)神田川の想い出

江戸初期、徳川家康は大久保藤五郎忠行に江戸市民の飲料水として、上水を造るように命じました。水源を武蔵野の井の頭池にとって拓かれたのがこの神田川で、慶長19年(1614年)に開通しました。当時の川幅は4~9mあり、ところどころで分流され水田を濯漑し…